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Opinion
「高速バス乗務員の労働環境の研究と改善を」

 昨年7月のジェイアール東海バスの飲酒運転による事故に続いて、今般、ジェイアールバス関東(以下、JRバス関東)でも、飲酒運転で運転士が検挙された。飲酒運転は、最終的には運転者本人が責任を負うべき行為ではあるが、昨今のバス・トラック業界で連続する飲酒運転による事故や検挙は、運転者個人の資質のみにその原因を求めては、事故、事件の再発防止には万全ではないことを示唆していると思う。以下、プロドライバーの労働環境や、高速バス業界の経営環境などを含めて、考察を行う。


  • 1. 「東海道昼特急」の抱える問題点

     問題を起こした「東海道昼特急大阪号」は、東京駅と大阪駅との間を東名高速、名神高速を経由して、7時間30分から8時間をかけて結ぶ昼間の路線である。東京・大阪間には古くから夜行高速バス「ドリーム号」が走っており、その昼行版だと言える。当初は、東海道を昼間8時間もかけて走破するバスに需要があるのか、疑問の声もあったが、いざ開業してみると、需要は高く、「東海道昼特急大阪号」に続き、「中央道昼特急京都号」、「東海道昼特急京都号」、「中央道昼特急大阪号」が開業している。

     この「昼特急」シリーズの人気は、東京・大阪間で片道6000円という値段と、夜行バス「ドリーム号」にも使われる3列シートの2階建てバスが走ることにもある。以前は、前夜東京を発った車両は、翌朝、大阪に到着すると、営業所で夜まで待機していた。この昼間の「余剰時間」を有効活用したのが、「昼特急」シリーズである。

     さらに、「昼特急」シリーズは、乗務員の効率的な運用を行っている。東京・関西間の夜行高速バス「ドリーム号」は、途中、静岡県の三ヶ日インターチェンジで、東西から走ってきた「ドリーム号」が合流し、東京から運転してきた運転士は、関西方面からの運転士と交代し、再び、関西から走ってきた車両に乗り込み、東京まで運転している。

     出発地から目的地まで一貫して運転する場合は、到着後、車両と同様、目的地の営業所での待機時間が発生するが、この運用により、夜、営業所を出発した運転士は、翌朝には所属の営業所に戻ることができる。所属営業所に戻れば、勤務を終えたり、休憩の後、別の行路につくこともできる。この運用により、JRバスグループのドリーム号は、私鉄系のバス会社が運行する東京・大阪間の夜行高速バスよりも、強い競争力を持つと言われている。

     この運用は、拘束時間や待機時間を短くできるという利点がある。しかし、拘束時間はそのままに、運転時間を増加させることも可能である。労働環境を改善することもできれば、悪化させることもできる。それは、経営・管理側の匙加減に委ねることになる。

     [訂正] 執筆後、勤務行路について情報があり、次のように訂正します。「東京・関西間の夜行高速バス「ドリーム号」は、途中、静岡県の三ヶ日インターチェンジで、東西から走ってきた「ドリーム号」が合流し、東京から運転してきた運転士は、関西方面からの運転士と交代し、休憩後、再び、関西から走ってきた車両に乗り込み、東京まで運転している。」「出発地から目的地まで一貫して運転する場合は、到着後、車両と同様、目的地の営業所での待機時間が発生するが、この運用により、夜、営業所を出発した運転士は、翌朝昼特急を運転し、翌昼には所属の営業所に戻ることができる。」


    2. JRバス関東、JRバスグループの経営課題

     「昼特急」シリーズや、「ドリーム号」特有の問題の他に、JRバス関東、JRバスグループが抱える特有の問題がある。それは、JRバスグループが、国鉄バスにルーツを持つことにある。国鉄バスは、地方でバス路線を展開していた。それは、鉄道路線の代替でもあり、フィーダー路線でもあった。国鉄の経営悪化と同様、国鉄バスも経営は悪化していた。鉄道とともに、バス事業も継承したJR各社は、バスを分社化して、バス専業の会社として経営することにした。

     JRバスグループ各社は、組織を縮小してその経営体力を確保することになったが、依然として、地方の路線バス事業の経営環境は厳しさを増した。その結果として、国鉄バス時代からの収益源であった高速バス事業への依存を強めた。

     しかしながら、JRバス関東は、地方の路線バス事業を縮小しても、営業所を閉鎖することはせず、地方営業所においても、高速バス事業を手がけることになった。東京駅と関東近郊の地方都市を結ぶ、JRバス関東の路線が次々と開設されたのは、その結果である。さらには、東京・関西間の高速バスの運転にも、地方営業所の運転士を投入することになった。東京駅と関東近郊の短距離高速バス路線は、地方営業所に所属する運転士を、東京に送り込む役割も担っているのである。

     地方の営業所に所属する運転士を、東京・関西間の高速バスの運転にあたらせることは、地方の営業所を閉鎖せず、地方の雇用を確保するという利点もあるが、東京・三ヶ日間の運転だけでなく、東京駅と所属する営業所との往復の行路の運転業務や、回送、東京営業所での待機時間など、結果として、運転士の待機時間を増加させることにも、つながると言えよう。この点は、JRバス関東が、情報を公開していないので、はっきりとしたことはわからないが。  今回の運転士も、宇都宮の営業所に所属する運転士であった。前日から東京営業所に入り、仮眠をとっていた。

     東京・三ヶ日間の高速バスに乗務する運転士の所属を、東京営業所に変える必要はないのだろうか。


    3. 高速バス業界の課題

     高速バス事業は、路線バス事業の経営が危機的な状況となる中で、比較的収益性が高い事業であった。だが、昨今の規制緩和により、需給調整規制が撤廃され、参入・退出が自由化され、その前後、既存事業者は、新規事業者の参入を難しくするために、路線開設を積極的に行った。その結果として、需要に対して、供給が増え、経営環境は厳しさを増している。

     高速バス事業のコスト構造は、大きく分けて、車両への投資と、燃料や高速道路代、そして、人件費に大別される。まずは、車両の更新時には、高需要路線では、2階建てのバスを導入し、供給を増やすとともに、座席あたりのコストを低減している。JRバスグループの東京・関西路線はその代表である。需要があまり見込めない路線では、標準化された車体を導入し、その初期投資を削減している。またコスト削減のために、オーディオサービスや飲料サービスなどを取りやめる会社も多くなっている。

     さらに、東京都に乗り入れる路線は、東京都のディーゼル車規制により、車体の更新をしなければならないため、さらなる整備投資を必要としている。

     コストが高騰する一方、運賃を値上げできる環境にはない。競争相手のJR各社が値上げをせず、航空料金は、各種割引運賃の導入により下がっている。高速道路の延伸は、高速バスの路線を拡大するとともに、自家用車での旅行も容易にする効果もある。新規参入に対抗するために、路線は増加したが、収益性の高い路線は、すでに参入済みであり、路線の拡大による収益の拡大も難しい状況だ。

     このような事情で、各社の収益源である高速バス事業においても、人件費に手をつけざるを得ず、高速バス事業の分社化などで人件費を抑制しようとしている。

     高速バス業界全体において、乗務員の人件費の削減と、労働環境の強化は避けられない状況にある。


    4. 飲酒と運転、労働環境に関する研究の必要性

     上述のように、高速バスの乗務員の労働環境は、確実に悪化していると言えよう。特に飲酒運転との関連で深刻なのは、運転中の飲酒が発生していることである。JRバス東海の事例でも、運転手は、待機時間に飲むために酒類を携行していたが、それを運転中に飲んだと供述している。今回のJRバス関東の運転手も、運転中に飲酒をしている。

     運転中に飲酒をすることは、大部分の人にとって、理解に苦しむことである。しかしながら、飲酒をする運転手が、存在するということは、勤務の厳しさなどを飲酒によって緩和しなければならない人も確実にいるのだ。

     また、拘束時間が長くなれば、待機時間や休憩時間に飲酒をすることもある。その飲酒が、後の運転にどの程度影響あるのか、個人差があることは容易に想像できるが、飲酒量や時間と、運転能力との関係を、総合的に研究する必要がある。

     また、飲酒運転に限らず、高速バスの運転は、長時間の運転、夜間の運転、シフト制、細切れになる休憩時間、バスの内部にある仮眠室での休憩、その結果として長くなる拘束時間など、労働環境が特殊な状況にある。勤務体制と、心理的、肉体的な負担などとの相関を研究し、その研究結果を、実際の勤務体系に適用する必要がある。

     その研究結果は、高速バス乗務員の労働環境だけでなく、長距離トラックなど、同様、それ以上の過酷な労働環境にある運転手の労働環境に改善に資することになるであろう。

     飲酒運転は、論外であるが、高速バスでの移動は、鉄道や航空機と比較して、相対的に危険が高くなっている。今夏は、西鉄バスの高速バス「はかた号」が、多重衝突事故に巻き込まれ、乗務員二名が死亡、乗客が負傷する事故も発生している。

     高速バスの安全性を向上させるために、乗務員の労働環境の改善のみならず、乗客のシートベルト着用の徹底、2点式シートベルトを3点式に改善したり、バス車体の安全性のさらなる向上など、総合的で着実な対策を実行する機会ではなかろうか。

     
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